7月1日に名古屋市東山動物園企画官、上野吉一先生をお招きして、動物の福祉と倫理のセミナーを開催いたしました。参加者は42名で、第1回のテーマ「動物愛護と“日本的”動物福祉」について、ワークショップ形式にて理解を深めました。前半に上野先生から「動物福祉の意味」「動物への配慮」「動物愛護の位置づけ」について講義をいただきました。

 

講義の中で疑問に思ったこと、今回のテーマに関連してぜひ皆の考えを聞いてみたいことなどを一人一つテーマとしてあげていただき、後半のワークショップのテーマとして、皆様の意見を総合して、「どこまでの状態を生かすべきか?処分すべきか?」「私たちはどこまで動物の利用を認めるべきか?」の2つをピックアップして進めました。
ワークでは一人ずつ付箋に自分の考えを書いて、なぜそう思うのかという説明を加えながら、貼っていきます。グループ内で同じように思う人もいれば、違う考え方をする人もいるなか、熱い議論になっているグループもありました。
参加者の方からはワークショップでいろんな方の意見が聞けることについて非常に良かった、日本が進むべき動物福祉についてさらに深く話し合ってみたいなどのご感想をいただきました。

今回、皆さんお一人ずつ話し合いたいことを出していただいた内容は日頃から、思い悩み、疑問にもっているからこそ出して頂けた、貴重なご意見ばかりでした。
動物福祉とは、今回のように動物に対して、自分以外の考え、ものの見方を知り、真剣に向き合うことから始まるのではないかと思いました。

次回、9月9日は第2回「動物のココロ“認知と情動”」です。
沢山の方と一緒に動物福祉ということへの理解を深めていきたいと思っています。下記に参加者の方のご感想を載せさせていただきましたので、当日の雰囲気を感じていただき、ぜひ、次回ご参加下さい。

【参加者の方のご感想】

☆上野先生の講義がまずもって素晴らしかった。内容は動物福祉の概観と「日本的」動物福祉という仮説の提示。キリスト教からの影響(福祉を施す主体:人間→客体:動物という関係性)をベースとしたある種ドライな福祉ではなく、動物の「供養」などに象徴される日本的な(≒多神教的な)メンタリティをベースとした動物福祉は成立しうるか。
講義冒頭で、はっきりと「動物の保護などの実務の話ではない」と線引きされた。まさにそんな内容が聞きたかった!当然内容の抽象度は上がるので戸惑った方もいたかも。ワークショップは「私たちの社会はどこまで(家庭)動物を生かすべきか」QOL、関係性(=人間と社会的?な関係を結べているかどうか)という軸でも整理。フレームワークも用意されていてやりやすかったが、実際、個別の事象をポストイットでプロットしていくのは、そりゃあ悩みますぁね。
なんで悩むかって「FIV発症した猫」がいたからって、環境次第で結論が変わるから。例えば困窮した高齢者の飼い猫は「安楽殺」(上野先生はこの言葉を使っておられる)もやむを得ないのではないか。
但し行政上の基準、ガイドラインは必要。そして運用は柔軟に。何事もそうですわね。
「ホームレスが猫を飼うことを許すかどうか。経済的な基準だけで考えたら、最終的に金持ちしかペットを飼うな、という話になる。これは人間同士の差別にもつながる話である。当然許されるべきだと私は思う」という趣旨の上野先生の言葉は、めちゃめちゃ感動した。これが愛ですよ、愛。(Kさん)

 

☆「貧乏人はペットを飼うな」という言葉がネット上に沸いた昨今、ペットが病気になっても経済的に病院に連れていけないこと、それが動物福祉に反するか、、
病気に苦しむ動物を見てられずそれが安楽殺を選択する理由になるのか。

先生から頂いたコメント「人が動物と過ごした時間が重要なのであって経済面で医療を受けさせてあげられないことは動物福祉に反するとは言わない。そんなことすればペットは上流階級の人だけのものになってしまう。大事なのは動物との出会いや一緒に過ごした時間です。」この言葉に救われました。モヤモヤが取れました。私的には小学生にも動物を飼ってもらいたいと思っているので飼育にかかるエサ代はおこづかいでなんとかなるとはいえ治療費なんてとてもじゃないけど払うことはできません。だったらペット保険に入ればいいんじゃないの?という意見もあるかもしれませんがそれも選択肢です。
我々もペット医療においては選択肢を作って状況に応じて選択することが大事だなと思いました。
お金がなくてペット医療を受けさせることができない=動物福祉に反するではないことがわかったのが今回の収穫です。(Nさん)