(文責)
特定非営利活動法人 人と動物の共生センター
理事長・獣医師  奥田 順之

目次

【本文】
1.意見交換の概要
2.意見交換の論点
3.意見交換の主旨
4.人と動物の共生センターからの提案
5.ピースワンコからの提案
6.助成事業に関して
7.ピースワンコの対応に関する当団体の意見
8.ピースワンコとの今後について
9.当団体の本件に関わる今後の活動について
【奥田の雑感】
1.ピースワンコの活動方針について感じたこと
2.避妊去勢しないことによる、再繁殖シュミレーション
3.社会的責任としての避妊去勢手術

本文

1.意見交換の概要

“ピース・ウインズ・ジャパン(ピースワンコプロジェクト「殺処分ゼロ推進チャレンジ助成」に関する経緯と助成事業を通じた協働に関してのお願いについて”の資料のとおり、人と動物の共生センターより、ピースワンコ様(以下、ピースワンコと記載し、敬称を略させていただきます)に意見交換をお願いし、7月12日に意見交換をさせていただきました。

意見交換概要
日 時:平成29年7月12日 10:15~12:00
場 所:ピースウインズジャパン事務所(広島県神石高原上豊松72-8)
参加者:
ピースウインズジャパン
国内事業部長        國田 博史 様
コミュニケーション部・広報 岡部 充代 様
人と動物の共生センター
理事長           奥田 順之

2.意見交換の論点

意見交換は、メールでお送りしていた資料を元に、奥田からピースワンコへのお願いについて、改めて説明し、二項対立ではなく、今後の日本の保護活動の未来を考える上で、オープンなディスカッションの場に出られるかどうかについてお伺いしました。

3.意見交換の主旨

ピースワンコからの回答としては、日本における犬猫の保護活動や人と動物の共生に関するグランドデザインに関するディスカッションについては大いに興味はあるものの、現状、オープンなディスカッションに出ることは難しいというものでした。
ピースワンコのHP上にも記載されている通り、避妊去勢手術は繁殖制限の方法の一つとして、否定しているものではないとのことでした。全頭に避妊去勢手術をしないのは、避妊去勢に手術はメリットとデメリットがあり、アニマルウェルフェアに則って、個体ごとにベストな判断をしているからとのことでした。個体ごとにアニマルウェルフェアを判断するという理念はピースワンコとして大切にしているものであるとのことでした。
質問状をいただいたことは、ピースワンコとしての情報発信を再考する機会となったとのことでしたが、今、オープンなディスカッションを行っても、ピースワンコの考え方と相いれないのではないかと感じており、ディスカッションが生産的なものになるとは思えない(ピースワンコの考え方への批判に終始してしまうのではないかと感じる)とのことでした。
避妊去勢に関する考え方は、何が正しくて、何が間違っているといったような二項対立の考え方ではなく、また、何かの考えに統一すべきものでもなく、複数の団体が複数の考え方を持っていてもよいと考えているとのことでした。可能であれば、複数の考え方を持つ団体同士で、協調し合い、協力関係を築きたいとの話でした。今回の助成事業に関しても、そうしたつながりを作る第一歩と考えているとのことでした。

4.人と動物の共生センターからの提案

人と動物の共生センターがコーディネートし、シンポジウムの様な形で意見交換を行うことを提案しました。パネラーとしてピースワンコ、質問状を提出されている団体の関係者の方、その他中立な専門家を交え、避妊去勢手術が是か非かではなく、避妊去勢手術がアニマルウェルフェアに与える影響についてテーマに据えることで、ピースワンコへの批判に終始しない場を作る提案を行いましたが、納得いただくことは叶いませんでした。
ピースワンコからの質問で、オープンなディスカッションをした場合に、批判に終始しない場になると思うか?と質問されましたが、明確な回答が出来ませんでした。明確な回答が出来なかったのは、当団体が質問状を提出されている団体の方と十分なコミュニケーションをとっていなかったからで、当方の準備不足が一番の原因であったと反省しました。
このような意見交換を経た上で、仮にピースワンコへの批判に終始する場になったとしても、意見交換の場を持つことに意味があるし、影響力の大きい組織であるピースワンコの社会的責任ではないかとの意見もお伝えしました。それに対し、質問状を出された団体からは、質問状の回答依頼連絡を取り合っていないこともあり、わざわざピースワンコから積極的にコミュニケーションし、時間と労力を割くのは、組織の優先順位として相対的に高くなく、むしろ広く一般に対して情報発信していくことを優先順位として高くするように判断しているとのことでした。

5.ピースワンコからの提案

当団体の提案に対し、ピースワンコがパネラーとしてオープンなディスカッションの場にいきなり出ていくことは難しいが、避妊去勢手術がアニマルウェルフェアに与える影響などをテーマにしたシンポジウムを行った場合に、どのような意見が交わされるのかには興味があるので、ピースワンコ抜きで、そうした場を作ってはどうかと提案いただきました。いきなりピースワンコがパネラーになるのではなく、各種専門家の方々によるパネルディスカッションが実施され、その流れを受けた上であれば(ピースワンコへの批判に終始しない建設的な場になる見通しが立つようであれば)、お約束はできないが、そうした場にパネラーとして参加する可能性も考えられるとのことでした。

6.助成事業に関して

今回、このような経緯で、現状、オープンなディスカッションに出ていただくことは難しい状況でした。これを受けて、人と動物の共生センターは助成事業を辞退致しました。

7.ピースワンコの対応に関する当団体の意見

意見交換については、貴重な時間をいただき、丁寧にご回答いただきました。誠実に回答いただいたと感じておりますし、感謝申し上げます。
しかし、ピースワンコの一連の対応は、批判が大きくなっているにも関わらず、その対応は不十分と感じています。今回、オープンなディスカッションに応じていただけることが、助成事業を通じた協働を進める前提であることをお伝えし、意見交換を行いました。ピースワンコにとって、ディスカッションに応じることで、当団体との助成事業を通じた連携を進めるという優先順位よりも、オープンなディスカッションの場に出ない優先順位の方が高いことを確認しました。とはいえ、この判断は、当団体の辞退を引き留めないという消極的な判断であり、判断の主体は当団体にある状態であることを確認しておきます。
今回の助成事業はパートナーとして協働を進めたいという趣旨で広報されており、今回の意見交換でもその趣旨を確認いたしました。しかしながら、助成団体=パートナー団体として採択いただいた当団体の意見(オープンなディスカッションの場に出ていただきたい旨)に対し、建設的なディスカッションが出来ない可能性が高いという理由で、拒否される姿勢は、十分な理由と根拠がある様には感じられず、ステークホルダーとの対話を進める姿勢に著しい問題があると感じました。質問状を提出されている団体とは、質問状以来は連絡がないとのお話にもかかわらず、建設的なディスカッションが出来ない可能性が高いと判断するのは偏った見方であると感じました。
さらに、建設的なディスカッションが出来ない可能性が高いのであれば、建設的なディスカッションが出来るようにするにはどうしたらいいかを考えるべきではないかと感じています。当団体は、共に考え、課題を解決しようとする姿勢で臨みましたし、今後もその姿勢は、実施可能な範囲で継続的に示していきたいと考えておりますので、今後ピースワンコがオープンなディスカッションを行って、適正なステークホルダーエンゲージメントを進めようと考えていただけるのであれば、是非お声掛けいただきたく思います。

8.ピースワンコとの今後について

今回、助成事業については辞退致しましたが、情報交換をさせていただくことお願いさせていただき、快く受け入れていただきました。
特に、避妊去勢手術がアニマルウェルフェアにどのように影響するかについて、ピースワンコを除いた専門家でのディスカッションを行うことは意義深いとの意見をいただいており、そうした場を設けた際には、そこで交わされた意見を聴きたいとのことでした。避妊去勢手術がアニマルウェルフェアにどのように影響するかについて学術的な見解や、世界的な見解については、ピースワンコも情報を集めているところとのことで、そうした面で適宜情報交換を進めていくことで一致しました。

9.当団体の本件に関わる今後の活動について

当団体は本件に関しては、人と動物の共生の未来に向けたグランドデザインを描くにあたって、重要な案件であると位置づけており、保護団体を中心とする人と動物の共生に関わる団体同士がどのような生態系を築いていくのかに興味があります。
当団体は、ピースワンコが望まれるように、団体同士が連携できる状態が理想と考えています。団体同士の連携の発展に少しでも貢献できればと考えております。
そのためには、近い将来に、ピースワンコの批判に終始することのない、人と動物の共生の未来に向けたグランドデザインを考える様な、建設的でオープンなディスカッションの場作りに貢献したいと考えています。
これを実現するために、以下の活動を行っていきます。

①質問状を提出されている団体とのコミュニケーション

今回、ピースワンコがディスカッションをすることに前向きな回答を出せなかった理由が、建設的な対話ができない可能性を危惧してのことでした。質問状を提出されている団体に対し、ディスカッションを行った場合、批判に終始する様な場になるのかどうかについての確認を行い、直接ご連絡いただく様にお願いすると同時に、その意見をピースワンコに伝えたいと考えています。

②ピースワンコとの情報交換

個体ごとのアニマルウェルフェアを最大限尊重するピースワンコの方針については、当団体としても理解の出来るところであります。一方で、避妊去勢手術がアニマルウェルフェアにどのように影響するかについてはピースワンコも情報を集めている段階とのことでした。これを受けて、特に避妊去勢手術がアニマルウェルフェアに与える影響について主に文献調査を行い、ピースワンコに情報提供を行いたいと考えています。

本文は以上です。

【奥田の雑感】

ピースワンコの活動方針について感じたこと

以下、ピースワンコとの意見交換で感じた雑感について記載致します。

ピースワンコは個体ごとにアニマルウェルフェアを最大限尊重するために、個体ごとの状態・状況を判断し、適切な判断をするとのことでした。保護犬と一般の家庭犬を、その置かれた状況(保護されているかどうか)によって区別することは好ましくなく、一般の家庭犬と同様に考えるべきとのことでした。一般の家庭犬がそうであるように、全頭に避妊去勢手術を行うことが絶対であるという考えは受け入れがたいとのことでした。その結果、一般状態に問題がない場合では、基本的に避妊去勢手術を行わないとのことでした。

私(奥田)は、この考え方について、医学的なメリットデメリットについては、メリットの方が高いことは一般的に認められている事実と認識しており、長期の集団生活を強いられる場において、発情に伴うストレスを鑑みれば、アニマルウェルフェアを最大限尊重するためには、避妊去勢手術は妥当な選択肢であると考えています。アニマルウェルフェアは科学である以上、科学的な結論を見出す作業は原理的には可能です。ピースワンコは個体ごとにアニマルウェルフェアを最大限尊重するとしていますが、どこまでもアニマルウェルフェアを土台として突き詰めていくのであれば、現状の活動方針に矛盾が発生するだろうと感じました。

出来る限り避妊去勢手術をしないという方針の背景の考え方を推察するに、それはアニマルウェルフェアという考え方ではなく、動物愛護的考え方が基盤になっていると感じました。すなわち、避妊去勢手術に消極的であるのは、QOL(Quality Of Life、生活の質)よりも(Sanctity Of Life、生命の尊厳)を重視するという姿勢があるためで、出来る限り自然のままの状態を尊重するという思想があるように思いました。一般にアニマルウェルフェアはQOLを重視する立場となります。
※QOL・SOLについては、こちらに記載しています。
https://ameblo.jp/it-ai/entry-12251923614.html

SOLとQOLが共に最善の状態を確保できるのがベストかもしれませんが、SOLとQOLは対立しやすい考え方であるため、両方を最善の状態にするという事は叶わないことがほとんどです。保護活動においても、SOL(殺さない事)を確保した上で、QOL(生活の質)を高める努力をする団体と、QOL(生活の質)を確保した上で、出来る限り・出来る範囲でSOL(殺さない事)を目指す団体が存在すると思います。

ピースワンコは、互いの考え方を認め合い、連携できることが最善ではないかとの意見をいただき、私も同意するところです。この互いの考え方を認め合うというのは、SOL重視の団体も、QOL重視の団体も認め合うという事だと感じました。そして、どちらを重視するかは団体次第という考え方自体は、保護活動を行っている方を含め、多くの方に納得頂けるものだろうとも感じています。

一方で、SOL重視であっても、QOL重視であっても、保護活動において最低限守るべき基準というものは存在すると思います。例えば、SOLを重視するあまり、動物虐待を行ってはいけません。おそらく、質問状を出されている団体の方と、ピースワンコとが対話すべきポイントは、この最低限守るべき基準のことであろうと感じました。

保護活動において最低限守るべき基準・ガイドラインについては、現在日本には存在しない(多くの団体が合意しているものはない)状態だと思います。だからこそ、本来ガイドラインが作られるべき最低限の部分に関しても、団体それぞれの方針に全てゆだねられている状況となっていると思います。そうした状況の中で、質問状、週刊新潮の記事が発表された社会的意義の核心は、この最低限守るべき基準・ガイドラインの必要性に関する問題提起だったのではないかと感じています。そして、その最も重要な部分が避妊去勢手術を施すべきかどうかの部分であることは間違いないでしょう。

避妊去勢しないことによる、再繁殖シュミレーション

※7月18日仮定の数値が多いとのご意見いただき、加筆修正致しました。

最低限守るべき基準・ガイドラインとして、避妊去勢手術を出来る限り実施すべきと考えている団体は多くいらっしゃると思います。逆にそこまで必要ないと考える団体もいます。

やるべき、やらざるべきという議論だけでは、結論に導くことは難しいでしょう。そこには数字による比較が必要で、避妊去勢手術をする場合としない場合で、どのような差があるか検討すべきです。避妊去勢をしないことで発生するマイナスの付加価値(余剰動物の増加)の影響が大きいようなら、避妊去勢手術を実施すべき根拠の一つとなるでしょう。

ピースワンコからの情報公開や質問状から推察される逸走数などから、複数の条件でのシュミレーションを行ってみたいと思います。

(逸走率)
全国の保健所に保護されて、返還される犬の数は、2015年度13,220頭で、犬の飼育頭数を約1000万頭とすると0.13%となります。逸走しても保健所に収容されない犬もいる事から、一般家庭の逸走率はこの数値よりは高いと考えられます。ここから一般家庭の水準として、0.15%とします。
公開質問状の回答に対するコメントの中に、“現在、元PWJスタッフや関係者から、譲渡後行方不明になった犬の情報などがいくつか入ってきております。”とあります。“いくつか”の数値は不明ですが(記事公開後確認のご連絡を入れさせていただきます)ここでは3頭と仮定します。ピースワンコの累積譲渡数は2016年末で462頭ですので、逸走率は約0.6%となります。野犬出身の方が逸走しやすいことを考えると、0.6%は高すぎない数値と経験的に感じます。

(譲渡数)
ここでは、全ての条件で、100頭譲渡あたりの再繁殖数を計算したいと思います。

(1胎あたりの繁殖数)
質問状の回答、23頭の母犬から150頭の子犬が産まれたとの記載から、1胎あたりの産子数は6.5頭とします。

(逸走1頭あたりの出産回数)
野犬の繁殖率については、根拠となる資料が手元にありません。0回の可能性もありますし、若ければ5回繁殖する可能性も十分考えられます。1967年に日獣会誌に掲載された「飼い犬の飼育実態調査について」に以下の記載があります。

(3)犬の飼育状況
何時もつないで飼っているものが42.2%,ときどき放すものが22.7%,夜間だけ放すもの18.2%,いつも放して飼っているもの16.3%となっており,4割は常時つないで飼っているが,他のものはときどき放したり夜間放す中にはいつも放して飼っている無責任の飼い方をしているものもある.
(4)出産の状況
牝犬について昨年1年間の出産の状況を調査したところ,57.3%が出産し,42.7%6が出産しなかった.また出産したものについて昨年1年間に何回出産したかをみると,1回のもの69.4%,2回のもの29.9%,不明のもの0.7%であり,7割近くが1回出産であった.

野犬で栄養状態が悪くなければ、これに準ずる出産回数が発生する可能性は否定できません。ここでは、0回~5回の間でシュミレーションすることとします。

(譲渡数に対する、再繁殖数)
これらの数値を元に、譲渡100頭あたりから発生する再繁殖数を計算すると、譲渡数100頭×逸走率0.15~0.6%×1胎あたり産子数6.5頭×繁殖回数0回~5回=0頭~19.5頭となり、最小で0%、最大で約20%にあたる頭数が再繁殖する可能性があることが分かります。

逸走率と繁殖回数が確定できない以上、実際はどの程度の数値になるかは分かりません。逸走率については今後の調査で明らかになってくることでしょう。繁殖回数は、今後も確定はできないでしょう。しかし、そういった状況の中で、どの程度の再繁殖を許容していくのかという事は対話の必要性があると思われます。

社会的責任としての避妊去勢手術

この結果からも、避妊去勢手術をせずに譲渡し、逸走してしまうことは、仮に逸走の数そのものは少なくとも、その後に多くの子犬の繁殖を招く可能性(あくまで可能性ですが)があることが分かります。

譲渡に伴う再繁殖は、譲渡活動に伴う外部不経済(譲渡先・逸走先の地域に負担がかかり、譲渡元や飼い主には負担がかからない)であり、本来内部化されるべき(譲渡元や譲渡先の飼い主が負担し予防すべき)部分と考えられます。

ほとんどの家庭では逸走させずに生活できると思いますが、野犬出身の犬の場合、意図せず逸走させてしまうことは防ぎきることはできないでしょう。それが仮に1%未満であっても、1回でも繁殖するとすれば、再繁殖数は譲渡数の1%~20%の影響を与えます。

個体それぞれのアニマルウェルフェアという考え方と同様に、譲渡後に社会に与える影響は、同等以上に大きい問題として、優先順位の高い問題として捉えるべきでしょう。個体への責任に加えて、社会への責任を果たす意味で、譲渡活動における避妊去勢手術はやはり必要と考えられるべきでしょう。

(雑感おわり)